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熊田曜子来歴

* 2001年3月 関市立関商工高等学校商業科卒業。
* 高校3年のとき、週刊少年マガジンの水着コンテスト、ミスマガジンに応募。最終選考まで残ったものの、母親の猛烈な反対により辞退させられる。その後看護学校へ進学するが、芸能界入りの夢を捨てきれず、『Audition (雑誌)』の「2001年秋の特別オーディション」で芸能事務所アーティストハウス・ピラミッドに合格。この際母親が海外旅行中だった事に加えて、荒天によって帰国が数日程度遅れたことから、この間に手続きを済ませ芸能界デビューを果たした。
* 2002年下半期から2003年上半期にかけて当時同じ事務所に所属していた小池祥絵、伊藤絵理香、相楽のり子らとともに『P-GIRL』というグループで活動していた。
* 2006年にはシングル「Always / わたしだけの場所」でCDデビュー。この為に何年もボイストレーニングをし1度レコーディングは済んだが満足いかずにやり直した事、CDジャケットを自身でデザインした事、などのエピソードが大々的に報じられ話題を呼んだ。
* 2007年、飛騨・美濃じまんプロジェクトの一環として岐阜県の飛騨・美濃観光大使に選ばれ、古田肇県知事から委嘱状を受けた。
* 2010年6月に岐阜県岐阜市内で開かれる「全国豊かな海づくり大会」第3回総会の司会進行役「清流案内人」への就任が決定している。

熊田曜子エピソード

* TV番組の一般アンケートで「ホストクラブに通っていそうだ」という結果が出た時、「事務所の先輩の鈴木紗理奈さんから『バラエティー番組でお金を稼ぐのは身を削って稼ぐことだ』と言われたんですよ。そうまでして頑張ってためたお金をホストクラブでは絶対に使いませんよ」と発言した。
* 昔は胸が小さかったのだが、バストマッサージをしてFカップの豊満なバストを手に入れた。それは、ただ肩をおおきく回すだけなのだが、それを毎日200回やることで胸が発達したと本人は語る。
* 熊田が中学生の時、好きな男の子がコンビニでプレイボーイのグラビアを観ていたことから、大きなお乳がすきなのだと悟り、巨乳になろうと奮起したことがはじまり。
* 2004年頃のグラビア誌のインタビューで記者にスタイルの良さを褒められると「知ってます」や「他の子と並ぶと私、綺麗だなって思いますね」と答えた。
* 2005年1月6日放送の日本テレビ系列「金持ちA様×貧乏B様」の特別番組で、インドネシア・バリ島の観光親善大使に選ばれた。 * 2006年5月2日のロンドンハーツ(テレビ朝日系)で、CDオリコンチャート対決で青田典子に負けて、罰ゲームが決定。故郷岐阜で青田の持ちネタである「ジーザス」をすることになった。さらに、かなり太めだった高校時代の写真を晒されるという罰も加わった。
* 2006年7月10日、熊田に似ているとブログで自称していた女が、自動車へ放火した容疑で逮捕される事件があった[8]。この事件に関して熊田は友人から知ったといい、同月16日放送の「アッコにおまかせ!」で「めっちゃ迷惑ですよ!」とコメントした。 * 番組収録で、楽屋が一緒になったお笑い芸人のクワバタオハラのくわばたりえに、くびれを作るコツをアドバイスしたことから、くわばたから「師匠」と呼ばれている。